1. 手を合わせてつながる絆(傑作選)

手を合わせてつながる絆(傑作選)

たくさんのご応募をいただいた「手を合わせてつながる絆~お仏壇と家族のストーリー~」。
入選には至らなかったものの、審査員の心を揺さぶるたくさんの作品がございました。その中より、厳選の10作品をご紹介させていただきます。

受け継ぐ味、受け継ぐ絆

祖父母のことが大好きな2人の子ども。

それもそのはず。一緒に暮らしてはいないけれど、生まれた時から週1度は祖父母の家を訪れ、テーブルを囲んで食事をしているからです。

祖父母と接すると、親が教えることとはまた違う、色々なことを学んできます。

畑で虫をカゴいっぱい捕まえる。そして生き物の死を目の当たりにし、儚い命に涙したり。
お婆ちゃんの作る郷土料理の手伝いをして、嫌いな野菜がちょっとずつ食べられるようになったり…

祖父母たちとのそんな繋がりから、お墓参りや、お仏壇に手を合わせたりすることが自然に身についている子どもたち。

「お爺ちゃんお婆ちゃんと、ずっと一緒にいたい」
「長生きしなくちゃねぇ。でも、いつか こうやって一緒に遊べなくなっちゃうんだよ」
悲しい顔をする娘に祖母は
「こうして お仏壇に お話してくれたら、お婆ちゃんたち嬉しいんだよ」
「ご先祖様みたいに?」

パパとママが お爺ちゃん お婆ちゃんたちから生まれ、お爺ちゃんお婆ちゃんたちも曾お爺ちゃん曾お婆ちゃんたちから生まれたことに興味がある5歳の娘。

ご先祖様たちのお陰で今こうして自分がいることも、祖父母から教わったばかりなのです。
「ありがとう」
お婆ちゃんの味・ずんだ餅作りを手伝って、娘はお仏壇に感謝を込めてお供えしました。
その横で3歳の息子が頭を前後に振って「なむ、なむ~」

これが我が家の受け継ぐ味、受け継ぐ絆です…

古里の思い出

30年ほど前の夏休み。小学生だった私は、祖母の家に長く泊まるのが、夏の楽しみの一つでした。

朝5時頃、仏壇のあるお座敷でまだ寝ている私たちの前を、起こさぬようにそっと通り、仏前にご飯と水を供える祖母の後ろ姿が、今も記憶に残っています。静かに手を合わせる祖母の背後からご飯の香りがうすく漂い、何とも言えぬ小さな幸福感を感じつつ、また眠りについたものでした。
先日里に帰り、母が祖母の時と同じように、早朝子供たちが寝ているそばを通り、祖先に線香をあげている姿を布団から見ると、ふと昔の光景と重ね合わせている自分がいました。横では目を覚ました娘が小さな声で「おばあちゃん、起きるのが早いね」と微笑んでいました。30年ぶりに味わえた、あの小さな幸せな気分を、懐かしく思い出しました。

仏間に微笑む孫心

お盆に孫らが遊びに来てくれ、何時もは爺婆二人で静かに先祖を供養している仏壇の前に活気づく。
畳の足触りが良いのか、仏間がお気にいりらしく、ここが内らの遊び場と、仏壇の前に陣取ってお菓子を頬張り、ジュースを飲み、ピコパコとゲーム機を押してはヤッターと歓声を上げて夢中だ。

飽きると今度はフォーティンエイトのヘビーローテションを歌い、それに合わせて横の木魚と鉦を叩いての合唱だもの、時代の流れだとはいえ、仏壇の御先祖様が眉を吊り上げているのではと心配になる。

多分、呆れかえっているだろうが、二泊三日の短い休暇だから御免してやってな、と奥の遺影にそっと手を合わせる。
その日の夕方、お盆恒例の先祖を迎える準備を孫達にさせる、野菜のナスとキュウリを動物に見たて、足代わりに割り箸を半分に折ったのを刺して御供えする。
キュウリは馬を表し、これに乗って早くいらしてくださいと迎える心、ナスは牛でゆっくり帰って、の意味が込められている。 孫らが作った牛馬は足がチグハグで、これじゃあ乗り心地が悪くて御先祖様も辛いでしょう、と優しく諭す婆さんに、太っている人は大変だよねと言う、気にしている事を鋭く指摘され、困惑と怒りの後で大笑い。
こんなに大笑いしたのは久し振りで、健康であればこそと感謝し、皆で合掌する。

ひいおじいちゃん、こんにちは。

ほら、こうやって手を合わせて。『ひいおじいちゃん、こんにちは』って言うのよ。」
母は私の息子をひざの上に乗せて両手に手を添え、手を合わせようとしています。
初孫だった私を、とても可愛がってくれた祖父が亡くなって20年経ちました。

ガンが見つかり、入院している祖父の元へ私がお見舞いに行くたびに、「おぉ、じいちゃんの一番の薬が来た来た。」と、嬉しそうに私を迎えてくれる、優しくて楽しい祖父でした。
「おじいちゃん、私の赤ちゃん可愛いでしょう?抱っこして欲しかったなぁ。おじいちゃんが生きていたら、きっと可愛がってくれただろうなぁ。」と、私が仏壇に向かって話しかけると、息子が祖父の遺影に向かってニッコリ笑ったのです。
「おじいちゃん、いるの?」と思わず息子に聞きましたが答えられるはずもなく、息子はただただニコニコしているだけでしたが、私はあのとき祖父が、息子に笑いかけていたのではと思っています。
息子がもう少し大きくなって、仏壇の前で手を合わせられるようになったら、「ママのおじいちゃんはとーっても面白い人だったんだよ。」と、祖父のことを、たくさん教えてあげたいです。

会いたくて

「手を洗うんだよ~」
母親の声を背に受けて玄関から飛び込んできた孫は「来たよ!」と洗面所に走って、勢いよくほとばしる水に申し訳程度に手を濡らすと出迎えた私の脇をすり抜けて仏壇の間に小走る。男っ子の素早い動きにはいつも驚かされる。仏壇の前に座ると「火、点けて!」と振り返って私を促す。
「ぎゃあ諦 ぎゃあ諦 波羅ぎゃあ諦・・・・」
まだ濡れたままの両手を合せると、そらんじてしまった般若心経の口調の良い一部だけ-ではあるが、となえるように声をあげた。
もう小学生になった孫が訪ねて来たときの今も続いている風景である。

かみさんを亡くして10年になる。
かみさんの療養で伊豆長岡の宿に逗留したことがあった。宿近くの民家の軒先に柿が吊るしてある時季である。娘は、当時1歳を過ぎた孫を連れてかみさんを何度か訪ねてきた。そんな朝、知らぬ間にかみさんが孫を おんぶして散歩に出てしまったことがある。戻ったとき、「抱えきれないくらいに大きな杉の木があってね・・・・」と笑った。

「自分の身体のことを考えろ!」私の叱責にふくれつらしたかみさんであった。
仏壇を購入するとき、なぜか屋久杉仏壇にこだわった娘は、思い出したように家族揃って独り住いの私を訪ねて来る。そんなとき、仏壇の前で手を合わせる孫をみていると、月並みでなかったかみさんの孫に対する情愛を幼い子しっかりと全身に受けてとめて育っている-ありがたいことである。

沢山の愛をありがとう。

私の心の中にいる、おばあちゃんへ。

お元気ですか?私は元気です。今年26歳になり、可愛い女の子を授かり出産したよ。

泣き虫だけど、沢山おっぱいを飲んでくれる元気な子です。おばあちゃんがいなくなってから、「生きる」ことがとても怖くなって、泣いてばかりいました。ずいぶん周りの大切な人にも迷惑をかけてしまいました。そんな自分から抜け出したくて、必死に夢中になれるものを探したり、外に出かけたり、いろんなことに目を向けて行動してみました。その甲斐あって、今は「明日を楽しみに」生きることができるまで立ち直ることができるようになったよ。

でもね、おばあちゃんのことを考えない時はありません。いつなにをしていても心の底で想っています。沢山たくさん、私の事を愛してくれてありがとう、これからもお仏壇の前で沢山、娘の成長をするから楽しみにしててね。私も沢山の愛を、この子に与えていきます。

おとさんのお部屋

六月に祖父が他界。祖父の死は辛く私は笑顔を忘れてました。
そんな私の側にいつも居る四歳の末娘は笑顔で私の手を握ってくれます。たった四歳なのに…しっかりしなきゃ!四人の子供達の為にも笑顔の私でいなきゃと。
まず、母とお仏壇を選び素敵なお仏壇を迎える日がきました。
入仏式法要も終え、私はお仏壇に引き寄せられるかのように前に座り手を合わせ、心の中で祖父に沢山お話をしました。祖父との思い出に涙が溢れ、悲しみと嬉しさがこみ上げてきました。
そんな時もやっぱり私の側に居るのは末娘。
娘もお仏壇の前にちょこんと座り手を合わせ、こう言いました。
「おとさん。今日からおとさんの新しいお部屋ができたね。お母さん。ここに来たらいつもおとさん居てるからもう泣いたらあかんょ」
と。

実家に行くと先ずお仏壇に行き手を合わせ
「おとさん。来たよ!」と挨拶。

姿はないけど生きている時と同じように祖父に話している私達。お仏壇を迎え、生前祖父が毎日お仏壇に手を合わせていた事を、祖父の死を通して知りました。
娘がいうように
祖父に新しいお部屋ができた事、祖父はきっと喜んでいると思います。

祖父はいつもそばに居ます。だからもう泣きません。
今日も、いつも祖父と挨拶を交わしてたように、おとさんのお部屋に行き、

「おとさん、来たよ!」
「おとさん、また来るわね!バイバイ!」と合掌。

それから…
おとさん。
いつも見守ってくれてありがとうね。

おばあちゃんとのコミュニケーション

我が家にある仏壇は私の母の眠る仏壇です。二人の子供は母が亡くなった後に授かりました。母は生前よく言っていました。

孫が出来たらめちゃくちゃかわいがっちゃうだろうなぁと。子供達には人が亡くなるということの意味も、おばあちゃんという存在自体さえもまだ理解できないと思い、私は毎日一人で仏壇の前で手を合わせていました。

そのうち教えてもいないのに、「なむなむ」「チンチンする」と言うようになりました。
”なむなむ”は手を合わせること、”チンチン”はリンを鳴らすことです。

子供達は遊びの延長で私の真似を自然とするようになりました。
悪いことではないと思うので、自由にやらせていました。
そんな日々が続き、仏壇を通して、母の存在を通して、徐々にレベルアップしていく子どもたちの成長が分かるようになっていきました。会話もできるようになった今では「おばあちゃんにおはよう言って来たの」なんて言うようになり、私のいないところでも仏壇の前に行っているようです。子供達には時々おばあちゃんが見えているのかも?なんて非現実的なことを考えて、本当にそうだったらいいなぁと心の中で笑っていたりします。

孫と仏壇

一歳になる孫はお仏壇が大好き。朝目が覚めて下の部屋に来ると、真っ先にお仏壇にむかいます。とにかくあのように中がゴチャゴチャしているのがこどもは大好きなようです。家のミニチュアのように見えるのでしょうか。
最初の頃、台所にいて、突然「チーン」と聞こえた時はかなりびっくりしました。でも最近は、またやってるなと納得しています。

そして、いつの間にかリン棒もなくなりました。いくら探しても、どうしてもみつかりません。みんなの推測では、おそらく彼女がゴミ箱ポイ!をしたのでは、ということになっていますが、果たして本人にきいてもナイナイで終わってしまいました。仕方がないので今はじいちゃん手作りのリン棒を使っています。これもまた味が合っていいものです。

花立の水をこばさないか、お線香の灰をばらまきはしないかと、毎朝ヒヤヒヤしていますが、ひととおり終わると小さな手を合わせて、なにやらぶつぶつ言っております。きっと、きょうも元気に一日が終わりますようとでも言っているのでしょうか。いやいや、私の聞いたところではお兄ちゃんにおもちゃをとられませんように、と聞こえましたが。

なまなまのお部屋

普段は、88歳の祖父と二人暮らしの実家の母が、10日間入院することになり、留守中、祖父と市内に住む私たち夫婦と3歳の息子で、私の実家で暮らすことになった。

久しぶりの実家での生活。いつもと勝手が違う炊飯器を前の晩にセットして、翌朝、子供と夫が起きて来ないうちに夫と自分のお弁当を詰めなきゃとしゃもじを持って炊飯器を開けた。 炊きたてのご飯。いつもは、すぐ混ぜてお弁当箱によそうのだが、真っ白なご飯を見た瞬間、
「あ、仏様」と呟いていた。そうだ、仏様に母は毎日ご飯とお茶を供えているのだ。
食器棚から、お供え茶碗を出し、ご飯を盛って、仏間へ行った。
仏壇の前には、今年7月に旅立った祖母の遺影がある。
「ばあちゃん、おはよう」
仏壇にご飯を供えて、お鈴をならした。
いつもの慌ただしい朝とは違う、爽やかな朝だと思った。
そして、今日一日がんばれそうな気がした。
次の日の朝は、「一緒になまなまのお部屋に行こうか」と息子も仏壇の前に連れていった。
息子は、仏間を「なまなまのお部屋」と呼んでいて、お鈴をならして手を合わせた後、林檎やお菓子をもらうのを楽しみにしている。

昨日と同じように仏壇にご飯とお茶を供えると息子は、「おかずは無いの?かわいそうだよ」
仏様を大切にねと教えようと思ったのに、なんだか、息子の方が、仏様思いのようで、笑ってしまった朝だった。

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